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1980年当時 新杉田「吉村家」の原点|40年以上通い続けるファンの備忘録

今や全国に知れ渡る「家系ラーメン」。しかし、その呼び名すら存在しなかった時代を思い出すととても懐かしくなります。

私(備忘6.jp)が「吉村家」へ初めて訪れたのは、今から45年以上前のこと。横浜市磯子区の新杉田駅側、産業道路沿いにお店を構えてまだ数年の頃でした。父が「美味しいラーメン屋ができたから行こう」と、中学生だった備忘6.jpを連れ出してくれたのが始まりです。 父の「美味しいラーメン屋」という何気ない呼び方が示す通り、当時はまだ「家系ラーメン」という通称すら存在しない時代でした。

備忘6.jpが一人のファンとして吉村家へ通のい、その熱気と変遷を肌で感じ始めたのは、高校生になった1980年頃。本記事は、それから40年以上にわたり総本山を見つめ続けてきた備忘6.jpの記憶の底にある、1980年当時の吉村家のリアルな姿を綴る備忘録です。

※本記事に登場する家系ラーメン関係者の方々のお名前については、メディア等で広く公表されている事実に基づき、敬意を込めて実名で記載させていただいております。

(流石に新杉田時代の画像は残ってないので、)吉村家 2021年10月外観 (Geminiで人物を消しています)



■1980年当時の吉村家 備忘録

〜家系総本山の原点、新杉田時代の記憶〜

【備忘録】新杉田の吉村家で働いていた方々

当時の吉村家は大きく2部屋に分かれていて、共に10席程度のカウンター席でした。ラーメンを作る部屋を「表」、ライスや小料理を作る部屋を「裏」と呼んでいました。そんな当時の店内で働いていた方々についての備忘録です。

マスター・吉村実さん

1980年当時、吉村実さんは「マスター」と呼ばれていました。 朝5時の開店時はいつもマスターがいらっしゃいました。仕込みをされていたのでしょうね。平沼橋に移転してからは店でお見掛けしたことがないのですが、インタビュー記事や映像を見ると今でも早朝からマスターが仕込みをされているのだなと分かり、嬉しくなります。

タ○コさん(マスターの奥様)

当時は食券制ではなかったので、主に注文と支払いを担当されていました。開店当初はラーメンの器にスープを入れ、麺の湯切りまでもやられていました。今では見ることのない勇姿です。平沼橋に移転してからも時々お見掛けしますが、お元気な姿を見ると嬉しくなります。

マスターかタ○コさんのお母様

お母様は「裏」の部屋でライス、目玉焼き等々を作られていました。一度、この目玉焼きをつまみにビールを飲みたいと思っていましたが、食べないまま現在に至っているのが備忘6.jpの心残りです。

神藤隆さん(後の「六角家」店主)

当時は髪の毛に強いウェーブがかかっていたのですが、その後のメディアで紹介された写真を見ると直毛なので、当時はパーマをかけていたのですね。 当時の土曜日は午前中の半日営業で、麺が無くなると営業終了でした。そこで新杉田駅から歩いていくと、店を片付けている神藤さんが腕で「✕」マークを作って麺が無いことを知らせてくれた姿を覚えています。

だいちゃん・庭山哲さん(後の「八家」店主)

当時はふくよかで、いつもニコニコしていたのが印象的でした。 現在の吉村家やその直系店は醤油が強い豚骨ラーメンに進化していますが、1980年頃の吉村家は豚骨の旨味を感じられるスープでした。大ちゃんが店主の「八家(2025年閉店)」は、当時の吉村家のラーメンを味わえるお店だったので、備忘6.jpにとって非常に貴重な存在でした。

のぶちゃん

店前で、タオルを使って平ザルでの麺の湯切りの練習をしている姿をよく見ました。当時働いていた方の中で一番若く、20歳前だったと思います。その後、のぶちゃんが初めて作ったラーメンを頂いた記憶があります。平沼橋の吉村家でも、開店当初の環2家でもお見掛けしました。

わくちゃん

当時は食券制ではなかったので、注文と支払いを担当されていた女性店員の方です。いつも愛想が良かったです。

金髪の女性店員

もう一人、注文と支払いを担当されていた女性店員の方がいらっしゃいました。わくちゃんは黒髪でしたが、この方は金髪でした。


【備忘録】マスター・吉村実さんのお話し

平沼橋に移ってからの吉村家ではマスターをお見かけしたことはありませんが、1980年頃の吉村家では、マスターがカウンター内でラーメンを作りながら、お客様に聞こえるように色々と話しかけていました。特に朝5時の開店からの数時間はマスターが必ずいらっしゃるので、この時間帯を狙って伺ったものでした。

ラーメンは麺を食べるもの

マスターは「ラーメンを食べる時にまずスープから飲む人がいるけど、僕はラーメンは麺を食べるものだから、麺から食べた方が旨いと思うんだよね」とよく言われていました。そのため、備忘6.jpはラーメンを頂くとき、いつも麺からいくようにしています。40年以上もその教えを守っている奴がいるなんて、マスターは考えてもいないでしょうが……(苦笑)。

脂が出ているから旨いよ!

マスターはラーメンを作っている時に時々「いま、脂が出ているから旨いよ!」と言われてました。'そう言う時のラーメンの味は格別でした。

マスターの修行先

マスターは「トラックの運転手をしていた時に、人が沢山入っている旨いラーメン屋があって、〇〇〇して弟子入りし、ラーメンの 作り方を教えて貰った」とよく言われていました。どこの店かは言われませんでしたが、備忘6.jpはその店にも行ってみたいと思っていました。
 ※ 〇〇〇して:マスターらしくかなり強烈だった(笑)ので、念のため伏字にします。


【備忘録】創業当時の店の光景

ラーメン 時価

1980年前後は、店の壁に縦書きの黄色い札がかかっていて「ラーメン 時価」と書かれていました。マスターは「味が合わない人がいたときはタダにするため」と言っていました。実際には400円でしたが、やがて450円に上がりました。 また、現在のような事前購入の食券制ではなく、食後の現金払いでした。マスターは学ランを着た備忘6.jpらには「学生さんは50円引きね!」と割り引いてくれました。現在の食券制では考えられない触れ合いでしたね。

「麺いける方! 麺いける方いない?」

1980年ごろから昼時は店前に列ができる状況でした。食券制ではなく席に座ってから麺の量や好みを聞いていたためか、席に案内される前からおおよそ人数分+αの麺を茹でていたので麺が余ることが常でした。するとマスターが「麺いける方!、麺いける方いない?」と言って、手を挙げると食べている途中の器に、平ザルで半人前から1人前程度の麺が追加されました。

加えて、味が薄いでしょと言いつつ若干の「醤油」を追加するのも常でした。この麺は柔らか目でしたが、これで酒井製麺は柔らか目も旨いってことも知りました。

若かった備忘6.jpは「中盛り」を頼んで、さらに麺の追加に応えていたのですが、流石にお腹一杯になりスープが飲めないんですよ。なので、そのうち「普通盛り」として麺の追加を待つようになりました。 当時は単に沢山麺が食べれて嬉しかったのですが、今はマスターが少しでも客を待たせないようにしていたんだな、って思います。

トラックのホーン

5時開店直後の空いている時間に店前を通ったトラックがホーンを鳴らし、それを合図にマスターがその運転手さんの好みでラーメンを作りだしていました。マスターとそのような関係になりたいと、備忘6.jpは憧れたものです。

近所の中華料理店とのエピソード

近所の中華料理店の方が数杯のラーメン(大)を注文し、大きなボールで持って帰ったことがありました。その時の湯切り担当はタ○コさんでしたが、後からマスターが来られて「何でライバル店にラーメンを作ってやらなくちゃならないんだ!」と怒っていました。しかしタ○コさんが「負けを認めているってことだから良いじゃないの」とお答えになり、マスターが「それもそうか」と妙に納得していたのが印象的でした。

「味が悪いから閉店」

1980年ごろは、時々店前に「味が悪いから閉店」という貼り紙があり、閉まっているときがありました。 ストレートに「味が悪いから」と書いてあったんですよ。当時は色々とチャレンジしていたのでしょうね。そのチャレンジが今の吉村家を作っているのだと、備忘6.jpは思います。


結びに代えて

1980年頃、世間がまだ週休二日ではなかった時代。日曜休み、土曜日は半日営業で、朝5時から開店していた頃の吉村家の風景は、今でも備忘6.jpの心に深く刻まれています。

当時からマスター・吉村実さんの研究により「家系ラーメン」として進化し続け、1990年代に現在の吉村家直系店の「醤油の強い味」に落ち着いたと考えています。その味の進化と家系の発展をリアルタイムで経験できたことは、一介の家系ファンである備忘6.jpにとって何よりの幸せです。これからもその「原点」の味を大切にして、直系店に通っていきたいと思います。

   

🍜 あの熱い一杯を自宅でも

   
       
            吉村家 ラーメン        
       
           

家系総本山 吉村家(アイランド食品)

           

行列に並ばず、あの味をストック。

           
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※マスターの教え通り、豪快に麺から食べてください。


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